モイが入院し抗がん剤治療を始めた日から半年が経ちました。今日モイが元気でいられるのは間違いなくここで応援してくださる皆さんのおかげです。半年前ここですぐに公表しなかったら多分違った運命が待っていたのではと思っています。たくさんの応援コメントや治療に役立つ情報にどれだけ助けられたことか。SNS療法と名付けたくなるくらい、この場所でモイの命は繋がれていると思っています。本当にみなさんありがとうございます。


「消化器型リンパ腫 ハイグレード B細胞型 ステージ2」
化学療法が奏効しない場合、予後は1~3ヶ月、奏効しても半年から1年というのが医者の見立てでした。リンパ腫はほぼ再発(再燃)するとされているのもその要因になっています。ただこれはあくまでこれまでの臨床データであって、最近は長期寛解する例も増えているようです。僕がブログ検索する限りでもリンパ腫で2年以上の長期寛解をしている猫が7~8匹見つかりました。そのうち半数は年齢も若いようです。モイは2歳なのでまだまだ生命力に満ちあふれています。あと半年以内にこの命がなくなるなんて絶対に考えられません。


この節目にこれまでの半年を振り返っておきます。


1/12 血便に気づく
1/13 近医でエコー。大きな黒い影が
1/15 大きな病院で「リンパ腫」と診断され入院。即日抗がん剤治療開始。1回目の抗がん剤「L-アスパラギナーゼ」
1/17 退院(入院には向いていないと言われ)
1/19 病理検査の結果「低分化型消化器型リンパ腫」と正式に診断。
クローナリティ解析では「おそらくB細胞型」としか分からず。
近医で2回目の抗がん剤「ビンクリスチン」
1/26 3回目の抗がん剤「シクロフォスファミド」
ここまでは薬が奏効していたと思われていたが…
2/2 エコーで腫瘍拡大 4回目の抗がん剤「ビンクリスチン」
2/9 さらに腫瘍拡大 予定の抗がん剤「メソトレキセート」では追いつかないだろう、「ドキソルビシン」も効かないだろうと、レスキュープロトコールで使う「ロムスチン」を勧められるが見送る
2/10 セカンドオピニオン
2/11 サードオピニオン
2/12 近医で5回目の抗がん剤として「L-アスパラギナーゼ」
2/13 フォースオピニオン
2/15 フィフスオピニオンとして今通っている病院へ。
再度針生検しクローナリティ解析してもらうことに。
2/16 近医で6回目の抗がん剤「ドキソルビシン」
2/20 再検査の結果「B細胞型」と診断され、免疫細胞療法(CAT療法)が施せることに。
2/21 エコーで腫瘍の大きさ変らず
2/22 AHCC服用開始
3/3 丸山ワクチン開始
3/9 7回目の抗がん剤「ドキソルビシン」
3/15 エコーで腫瘍が小さく
3/17 初めての免疫細胞療法で培養し活性化したリンパ球を戻す(1900万個)
3/22 突然モイ復調
3/27 8回目の抗がん剤「ドキソルビシン」
4/6 9回目の抗がん剤「メソトレキセート」
4/8 モイ2歳に
4/10 2回目のリンパ球戻し(2億3千万個)
4/24 10回目の抗がん剤「ドキソルビシン」
5/1 この頃はエコーを見る度に少しずつ腫瘍が小さくなっていく
11回目の抗がん剤「クロラムブシル」
5/3 爪を剥がし抗生剤アモキクリアを飲んだら激しく嘔吐
5/8 3回目のリンパ球戻し(1億9千万個)
5/22 エコーで腎臓の腫瘍はなくなる
12回目の抗がん剤「ドキソルビシン」
6/5 4回目のリンパ球戻し(3億個)
6/12 13回目の抗がん剤「メソトレキセート」
その後体調を崩し「腸が動いてない」と診断
7/3 白血球値が低く抗がん剤延期
7/6 腎数値3日前よりさらに上がる
7/10 5回目のリンパ球戻し(3億1千万個)
エコー上少しだけ残っている腸の黒い影は2ヶ月ほどほぼ停滞している状態


結果として半年のうち最初の5ヶ月間、13回の抗がん剤を投与していることになる。普通のプロトコールだと半年で25回ほど打つのでかなり少なめ。それでもここまでやってこれたのは、まだここにも書いていない、いろんな試みがあってのことだと思う。サプリはセンダンやカバノアナタケ茶も飲んでいる。自宅で簡易な温熱療法もたまにやっている。脳幹ペンダントもずっと着けている。愛情給餌をして体重を必死に落とさないようにしたり、ずっと一緒に遊んだり、四六時中ずっと付きっきり。ウニの存在もとても大きい。何が功を奏しているかは正直分からないけれど、とにかくずっとモイのことを考えていることだけは確か。この半年、仕事以外で外出したことはほとんどない。だからモイとはもう永遠に一緒にいる気さえしている。これからもずっと一緒にいるつもり。

みなさん、長文にお付き合いありがとうございます!