moi moi moi !!

愛猫モイ(mix 2015.4.8~ ♂去勢済)が消化器型リンパ腫と診断されたのは2017年が始まったばかりの冬、1歳9ヶ月の時でした。その日から一変したモイとの生活、闘病と友情の日々。

カテゴリ:モイ > 統合医療(漢方、丸山ワクチン、サプリメント、グッズ、他)


春が来て思いだすのは、3年前、2017年3月21日から25日くらいにかけてのモイの復調。死を覚悟していた暗く長い2月を経て、3月に病院をかえ、免疫療法と丸山ワクチンを初めて少し明るい兆しが見え始めていた頃だった。21日に食欲増進剤としてペリアクチンを飲ませたのがトリガーとなったようで、なんだか急にご飯を食べだし、25日には以前と変わらないくらい元気になったように感じた。今、改めてその頃の写真や動画を見てみると、まだまだ痩せているのだけど、とにかく光が見えたようでうれしかったなあ。あれから3年、これからも桜を見る度に思い出すのかなあ。
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丸山ワクチン投与開始から3年が過ぎたので3月9日の週から週2回の投与に減量している。月曜日の夜にA剤、木曜日の夜にB剤。隔日で注射していた時と違って曜日で覚えられるので楽だ。

9日の定期検診時に先生に改めて減量することを確認した時、先生はこう言った。「減らすのでいいと思います。元々持っている腫瘍免疫を人工的にといいますか、人為的に上げるのが丸山ワクチンの働きで、コンスタントに打つことで免疫を底上げしているような状態なわけですが、投与間隔を開けると効果がなくなるわけではなく、その底上げしたラインが少し下がるようなイメージかと思います。で、完全にやめたら元々持っていた免疫のラインに戻るという感じですね。」

「じゃ、モイが持っている基礎免疫が普通の猫より低いとしたら、完全にやめたらまたマイナスに戻ることになりますか?」

「それは、分かりません。腫瘍が発生した原因が元々この子の免疫が弱かったせいなのか、あるいは、異常細胞が一気にたくさん出来る何かしらの原因があって、通常の免疫では抑えきれず腫瘍化してしまったのか、そこは今となってはもはや分からないですね。」

このやりとりで完全に丸山ワクチンをやめるのはちょっと怖いなあと思ったけど、モイのポテンシャルを信じて週2回に減らすことにした。週2回でも少なからず免疫にハンディをもらっていることになるので、これから2年ほどはこの状態で注意深く見守ることにしよう。
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今日は抗菌剤フラジールがなくなったので病院へもらいに行った。

クロストリジウムへの対策として、こちらは4日に1回、1/2錠飲ませている。2年前にこれ以上間隔を開けると下痢をしてしまったのでこのペースになっているが、今となってはこれもひょっとしたら減量できるのかもしれない。でも、減量して下痢をしてしまったらせっかく抑え込んでいた菌がまた暴れだすかもしれないので、減らすとしても慎重に1日ずつ間隔を開けていくようにしなくてはいけない。

病院にもらいに行くのは、アゾディル(腎臓用のサプリ)含め、フラジール、丸山ワクチンと3種類あって、それぞれなくなるタイミングが違うので、割と頻繁に病院へ足を運ばなくてはいけない。処方してもらう量を調整してタイミングを揃えられたらいいのだけれど、病院へ薬をもらいに行くこと自体が道中に心中を整理するという意味でお参り的な要素もあるので、まあいいかなと思っている自分もいる。
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病院の側でお花見。
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鴨と桜
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五線上ではよく見るけど、久しぶりに見たオタマジャクシ
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人が少ない場所でも有意義なことはたくさんできるなあ

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こちら久留米を流れる筑後川

父は、3月22日で84歳になった。一年前にリンパ腫を抗がん剤治療で克服し寛解状態にあることはここでもお伝えした。でもその後、胆管炎、食道静脈瘤などで入退院を繰り返している。肝臓にある結石は大きすぎて手術不可能らしく、薬で散らしているらしい。食道静脈瘤は内視鏡手術で取ったんだっけな。昨秋は耐性菌とやらで発熱して入院していた。そして今回は大腸がん。腹腔鏡手術は4時間くらいかかり30cmほど腸を切りとったらしい。幸いステージ1の状態で元々の腸がえらく長いからなのか何なのか人工肛門にはならずに済んでいる。切りとった腫瘍を病理検査中でその結果次第で抗がん剤など追加の治療が必要かが検討されることになっているそうだ。

19日が手術だったので、見舞いに行ったのは術後3日目だったけど、想像していた以上に元気で自分で起き上がってトイレにも行っていた。手術翌日の重湯から徐々にお粥に変更している最中だった。カウンセリングに来た栄養士の方の話にも倍くらい喋りかえしていた。例えば「先生が重湯も噛んで食べなんち言わしたばってん、ありゃ冗談やか、ほんなこつやか?」「(笑)ほんとですよ、噛むことで脳が刺激されて身体が本来持っている状態を取り戻そうとするので、なんでもしっかり噛んで下さいね」「あ、そげなこったい、てっきり冗談で言わしたとやかち思た。」
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と、そんな感じである。ひとまず元気そうでよかった。



 

モイが丸山ワクチンを初めてから3月3日でまる3年が経った。丸山ワクチンの使用期間はオフィシャルサイトに、

“通常は、ワクチンを使い始めて最初の3年間は1日おき、または週3回注射します。ワクチンの治療開始後3年間、再発や転移がなければ注射回数を週2回にして5年まで続け、異常がなければ週1回に減量し、適宜終了します。 

と書いてある。

来週月曜日に
モイは今年はじめての定期検診を行う予定なので、もしそこで異常がないようであれば、上に書いてあるように、これから2年間は週2回に減らすことにしようと思う。

丸山ワクチンの減量のことは既に主治医にも相談済みで、先生曰く「減らし方は必ずしも決まりがあるというより個人の裁量によるところが大きいと思います。」ということだった。確かにそうなのだろう。ひょっとしたら急にパッタリやめてしまっても大丈夫な場合もあれば、このマニュアル通りに続けてもがんが再燃する時はするんだと思う。

モイの場合、丸山ワクチンと免疫療法を始めたタイミング、それから一番奏功したと思われる抗がん剤ドキソルビシンを始めた時期が極めて近いので、何が今の寛解をもたらしてくれたのかははっきりしない。
実は丸山ワクチンが一番効いていたという可能性だって十分にあると思う。だから不用意に止めるわけにはいかない。先はまだまだ長いけどこのマニュアル通りに減量していくことにしよう。

隔日だった皮下注射が週に2回になるだけでもだいぶ楽になるねモイチン。
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皮下輸液をやっていた頃は輸液用のシリンジにワクチンも混ぜて一緒に皮下注射していたが、今はワクチンだけ。病院からワクチンとセットで渡される注射針は23Gの太さ(写真の青い包装)のものだけれど、痛みを少しでも感じなくするために、より細い25G(オレンジの包装)の針を追加でお願いしてもらっている。「だったら細い針だけでよくない?」となるが、
23Gの方は先ずバイアルからワクチンを吸い上げる時に使っている。一回でも針を何かに刺すと衛生的にももちろんよくないし、極々わずかだけど針先が丸まってしまうのでその分痛みを感じやすくなるのだそうだ。針先は鋭利な方が痛みを感じない。だからモイの背中に刺すためだけに25Gの細い針に差し替えて注射している。もちろん使い捨て。おかげでモイはほぼ痛みを感じていない。というか、まったく気づいていないほど。それでもたまに打ちどころが悪いと血がにじむことがある(数日前も今年初めて血が出てしまった。ゴメンよ、モイ)。

バイアルのゴム口やモイの背中の皮膚を消毒するために前者は市販のステリコット、後者は病院からもらうアル綿を使っているが、ここのところの
新型コロナ騒動で前者は売っていない。もし病院のアル綿もなくなったらちょっとピンチになるな。早く終息してほしい。

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投薬後のおやつが週一になったのでアピールがすごいモイ




 

2ヶ月ぶりの更新。それほど穏やかな日々が続いているということだ。パソコンのブラウザでこのブログを見ると、右端に記事が書かれた日がひと目で分かるカレンダーがあるのだけれど、とうとう9月は投稿がなかったので飛ばされてしまった。2017年の上半期などはカレンダーが真っ黒になるほど更新していたなあ。
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おかげさまでモイはすごく健康そうで、たまに毛玉などを吐き「気持ちわりーよー」みたいな顔つきの日があるが、おおむね日々のほほんと暮らしている。へそ天率も高いし、ウニとの追いかけっこは毎日で、運動することにより毛並みもフワーっとしている。
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8月末から9月上旬にかけ鼻先に薄黒いシミみたいなものができたが今はまあまあ綺麗になって落ち着いているようだ。心配性だからか同じ頃鼻くそや耳垢がやたら溜まってるなあと気にしたが、そちらは今も相変わらずのようだ。
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体重はじわじわ増えて一昨日に6.82kgを記録した。今日はまた少し減っている。ウンチなんかの誤差だろう。見た目も丸くなりかなりでっぷりした様は肥満と呼べるレベルかもしれないが、がんになってどんどん痩せていった時のことを思い返すと、健康なうちは少し太って貯金しておくくらいでいいのではと思ってしまっている。
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妻とふたりで午前中から出かけることが稀にあるのだけど、その時ばかりは身支度の気配から通院日と勘違いしてベッドの下に隠れこむ。8月の通院から2ヶ月も経ったのに、まだあの通院の日々を覚えてるんだなあ。
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皮下輸液をやめてから水を飲む機会も多くなったモイだが、その飲み方が厄介で、洗面所の水道の蛇口からガラス製の器に水を流し、その器の縁から溢れだし滴り落ちるところを飲むのである。家族がリビングに居ても水が飲みたくなると洗面所で「ニャーニャー、水くれ、ニャーニャー」と呼びつけられる。たまに置き水を飲んでいるところを見るが、よくて3日に1回くらいだろうか。ヘタしたら一週間見ないこともある。
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そんなもんだから、先週末京都で仕事があり久しぶりに家を留守にする(俺2泊、手伝いに来た妻1泊)ことになった際、ひょっとしたら家族がいないと自主的には水を飲まないのではないか説が浮上し、病院に丸山ワクチンとフラジールをもらいに行った際、先生に相談した。「留守にする直前だけ輸液を少ししてから出かけるのはどうでしょうか?」と。「腎臓のため脱水症状を起こさないようにするには有効な策だと思います。」とのことだったので、出かける2日前と当日の朝に2回だけ60mlの輸液をした。これで万が一、自主的に全く水を飲まなくてもカラッカラになることはないだろう。
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今でも日々続けているアゾディルや丸山ワクチンはなくなったら病院にもらいに行く。AHCC、センダンαはいつもネットショップで購入している。

計画では12月に最後の免疫療法をやる予定。積極的な治療はそこで終了し、そのあとは数ヶ月に一度の定期検診で経過観察となる見込み。

丸山ワクチンをどうするかまだはっきり決めていないが、5年くらいかけて少しずつ減量していくのがスタンダードなのかなあ。サプリもそれに合わせるか。
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まだまだ地道なケアが当分のあいだ必要だけれど、モイが健康で居てくれることは何にも変え難く、そのためにはまったく苦にならない。これからも健康でいてほしいなあ。
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わたくし事ですが、初の歌モノCDを作りました。タイトルは「モイカウニカ」。PVはジャケット撮影時の映像をベースにこれまでの名場面、通院時の風景などを含んでいます。是非。


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モイのリンパ腫闘病がはじまって2年数ヶ月、自分のアンテナの向きが変わったこともあってか、先進医療のニュースがやたらと目や耳に飛び込んでくる。

分子標的薬「オプジーボ」の開発を牽引した本庶佑氏がノーベル賞を受賞したニュースは、昨秋、父がリンパ腫で大学病院に入院したちょうどその日にベッド横のテレビで目にした。半月ほど前に免疫細胞療法「キムリア」が承認され価格が3000万円超というニュース。昨日、がんゲノム医療が6月から保険適用になることが報じられたかと思えば、今朝は液体のりの主成分が白血病に効果のある造血幹細胞の培養を容易にするというニュースがトレンドに。
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そんなニュースとはまったく無縁だと言わんばかりに4月5月は猫の換毛期でモイは毛玉を吐きまくっている。令和になって既に9回も6~10cmほど(小指くらい)の毛玉を吐いている。

吐きは気になるものの、リンパ腫は今のところ完全に沈黙してくれているようなので、2年ほど毎日飲み続けてきた薬プロナミド(消化管運動促進剤)、ファモチジン(胃薬)をこの4月から隔日投与にしていたが、先週21日の投薬を持って完全にやめてみた。合わせて同じく2年ほど毎日磨り潰して液体サプリに混ぜていたビオイムバスター(整腸剤)の投与もやめてみた。毎晩の薬の準備がだいぶ楽に。10日ほど経つが今のところ問題なさそうだ。

先生は以前「これらの薬は一生あげても問題ないようなもの」と言ってはいたけれど、必要がなければあげないにこしたことはない。これによってモイの日々の投薬は以下のローテーションになった。


1日目 アゾディル1c アゾディル1c、サプリ、丸山ワクチンA剤1ml、皮下輸液60ml
2日目 フラジール1/2t アゾディル1c、サプリ
3日目 アゾディル1c アゾディル1c、サプリ、丸山ワクチンB剤1ml
4日目 アゾディル1c アゾディル1c、サプリ

※サプリ(AHCC、センダン、Dフラクションを混ぜた液体2mlほど)
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小さな庭のてんとう虫

一方気になるのは斜向いの家の建替え工事。解体した後、半年以上かけてマンションになるらしい。ご存知のように猫は音や振動に敏感で、モイは昨秋、近所で打ち上げられた花火のストレスで腸が動かなくなったし、ウニもああ見えていつも小さな物音にビクっと怯えているし、いつ過敏症が再発してもおかしくない状態。昨日足場が組まれ今朝ユンボがやってきてこれから本格的な解体が始まろうとしている。おかげで夫婦一緒の外出は気安くできなくなりそう。6月上旬の予定も一旦キャンセルし様子を見ることに。
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過保護の家宝
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モイの免疫療法のリンパ球培養のための培地はいつも大阪から取り寄せてもらっているが、これも液体のりで代用できてむしろたくさん培養できたりしてねえ。そしたら次回の通院前にコンビニでワンコインで買っていけるのに。

それと、すべての猫のためにも1日も早く腎臓を守るAIM製剤開発のニュースが紙面を踊る日を待っている。

昨日、4月8日で4歳になったモイ。
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モイのリンパ腫が発覚したのは2017年の1月、1歳9ヶ月の時で当時は2歳を迎えることもひょっとしたらできないかもと覚悟をした時期もあった。「化学療法が効かなければ数週間から1〜2ヶ月、奏功したとしても半年から1年がんばれるかどうか」という先生の見解、ネットで調べても厳しい情報しか目につかなかった。

それでも情報を発信したインスタグラムを通じて同じリンパ腫と闘っているたくさんの方からコメントをいただき、中には長期寛解に至っている方もいて、免疫療法の情報も得て、家族でがむしゃらに調べ、そのうち光が差してきて、2歳、3歳、4歳と月日を重ねることができた。SNS療法と言っても過言ではないくらい、今のモイがあるのは本当に皆さんの応援のおかげです。ありがとうございます。

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誕生日祝いにいただいたモイの似顔絵

前回、モイが2年間毎日飲んできたサプリAHCCが販売終了するかもという記事を書いたら、DMやライブ会場で「どこどこにはまだ在庫があるようです」と情報をいただいた。そういう心遣いも本当にうれしい。昨日、誕生日の夜、いつも購入していた通販サイトでAHCCが「在庫あり」に復活した。これもモイへの誕プレかもと思い早速注文。
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写真はAHCCがなくなった時のためにと買ったβグルカンのサプリDフラクション。アゾディルやジルケーンなどモイにとても有効なサプリと同じ販売元なので、この機会にDフラクションに切り替えようとしていたが、AHCCがまだ買えるとなると今後どうしようかな。飲ませた時のモイの顔色からするとどちらも「良薬口に苦し」といった感じなんだけれど。
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モイと同じ誕生日の先代マルオは生きていたら昨日で20歳。成猫式。写真は2003年、16年前の4月8日、今のモイと同じ4歳になった日のマルチンの表情。マルチンにはあまり誕生会をしてあげてなかったなあ。
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4月8日はブッダの誕生日でもあるので昨日はマルチンのお墓参りをし、花まつりで甘茶をいただき、お釈迦様にも甘茶をかけお祈りしてきた。

マルチンもモイチンもいい日に生まれたね。これからも何回もお祝いさせておくれ。誕生日おめでとう。

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今日3月21日は春分の日、満月、そしてモイの復調記念日として我が家では有名です。2年前の今日、強制給餌した餌さえ吐き出してしまい、徒労感と暗雲が立ち込んだ朝。でもその後に飲ませたペリアクチン(食欲増進)の効きがよく、急にガツガツ食べるようになり、その後劇的にV字回復しだしたのでした。それから一週間後(3月27日)には血液検査でモイとしてはずば抜けて多い白血球数(14400μL)を記録した。あれはなんだったのか、後にも先にもそんなに白血球が増えたことはない。あれから2年、ずっと調子がよいわけではないけれど、夏には寛解し、一年前の春に二度目の寛解をし、今はおかげさまでとても健やかに過ごしています。花粉はツライけど春ってやっぱり生命力がみなぎってくるのかな。
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通院の頻度もぐっと減り、前回2月25日に血液検査と同時にやってもらったSDMA(腎臓の状態をみる検査)の結果も今日まで聞きそびれていたりして、最近は少し油断しているかもしれない。足をすくわれないようにしなければ。
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電話で聞いたSDMA値は「10」。基準値は0~14。初めて検査した2017年7月が「13」、2018年3月が「15」だった。今回1年ぶりだったが数値上はかなり改善している。悪くなったら元に戻らないとされている腎臓の値がこれだけ上向きになるなんて、モイはやっぱり奇跡の猫だな!日々のアゾディルや皮下輸液のおかげさまだ。
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それから2年1ヶ月毎日欠かさず飲んでいるAHCC(αグルカンのサプリ)がネットで品切れしている。今使っている瓶が空になったらひょっとしたらもう継続できなくなるかもしれない。他にもいくつか飲んでいる胃腸の薬やサプリ、丸山ワクチンなど、何がモイをここまで元気にしてくれたのか分からないので、些細なことかもしれないけれど、ちょっとした不安材料に。
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くつろいでヘソ天で寝てる姿はなんとも幸せそう。先日3月の頭に、モイが病気になって以来はじめて夫婦で大阪に一泊だけ外泊したのだけれど、その時の猫番さんが上手に猫じゃらしで遊んでくれたおかげで、それ以来、ウニの前でも遠慮せずに猫じゃらしに戯れるようになった。そしてしばらくするとちゃんとウニに譲って交互に仲良く遊んでいる。追いかけっこも毎日のようにしているし、たまに取っ組み合いになったりもするけれどふたりはとても幸せそう。こんな日がずっとずっと続きますように。
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2年前毎週通院していた頃はちょっと家族が出かけようとするとすぐにベッドの下に隠れていたけれど、最近はそれもなくなってきた。ただ時より着替えている時に何かを察知して警戒する時がある。先日、着替えながらプリンターでコピーをとったらすぐにベッドの下に隠れた。そうか、通院する日は必ず先生に見せる経過観察書をプリントしているから、あのガシャーっていうプリンターの音と通院がモイの中で結びついているんだね。ごめんよ。いずれはそれさえも忘れて、なんの警戒心もなく穏やかに暮らせる日がくるように一緒にがんばろうね。
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ミグノン写真展でのチャリティライブ。一昨年に続きミグノン代表の友森玲子さんにお声がけいただき1時間のステージ。今回はその半分を友森さんとのトークコーナーにした。テーマは「猫が病気になった時」。実は抗がん剤が効かずモイが最もピンチに陥った昨年2月、友森さんのところを訪ね相談した経緯がある。モイの闘病を振り返る中で当然その時の話も出たが、「あの時、店に入ってきた近藤さんは本当に暗かったw」と友森さん。日々、保護活動を通じてたくさんの動物の命と向き合っている彼女曰く、動物が死に面した時は当然とてつもなく悲しいのだけど、悲しいオーラは本人の悪循環を招くし他の動物にも伝染するので、演技をしてでも明るく対応する、とのこと。
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そんなトーク後の演奏だったので、いつも暗いと自分でも思っている自分の曲がより暗く思えてしまって、こんな演奏でいいんだろうかとやや躊躇しながらのパフォーマンスになってしまった。それも含めて自分らしいといえばそうなのだろう。
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トークの中で「モイちゃんはすぐに診断がつき治療に入れたから本当にラッキー。よく最初の検査では見過ごされたり、“様子をみましょう”となることがあって、この“様子をみましょう”が命とりになるから」と友森さんが言った時、モイが今元気に生きていることを思い胸が熱くなった。

実は血便に気づき最初に近医を訪れた昨年1月12日は病院が混んでいてエコーなどのしっかりした検査はせず「大腸炎だろう」と止血剤と整腸剤が処方されただけだった。まさにしばらく様子をみましょうという状況。

ただ翌日1月13日の昼に医師から「モイちゃんどうですか?」と様子伺いの電話があった。「今日一日様子を見て血便が治まらないようなら明日お伺いします」と応え電話を切ったが、その後ざわざわと胸騒ぎがした妻がやっぱり今日行こうと言い出し夕方病院へかけこんだ。そしてエコーで黒い影を発見。すぐに高度医療センターに紹介され、入院と続く。

暗い性格、心配性なところが、この場合は早期発見(早期でもなかったけれど)につながったわけで、明るく闘病するというのは決して楽観視するということではない。

今さらながら、あの時電話をかけてきてくれた近医の先生にも深く深く感謝したい。

今日はモイの話ではなく親父の話です。不定期に発行しているメルマガから9月1日号に書いた文章を転載します。後半にこの闘病ブログ用に追記しました。

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『1001枚目のハガキ』

大学進学もせず「ミュージシャンになる」と
九州を飛び出すバカ息子を、
父は「なら仕送りしちゃるけん、
毎日ハガキば書け」と見送ってくれた。
33年前の春。

上京した日から毎日1枚、
日記代わりのハガキを書いてポストへ投函した。
内容は簡単なものだったので
とくにストレスにはならなかったけれど、
早く自立して親にハガキなんか
書かなくてもいい生活がしたい、と、
結果としてこのことが、
芸を磨きそれを職にするための
強い後押しをしてくれたのかもしれない。

結局まったく仕送りがいらなくなるのに
2年半かかった。
ざっと1000枚、書いただろうか。

あれから30年、
幸い音楽と共に暮らすことができている。
家族にも恵まれた。猫もいる。
もはや東京暮らしの方が長い。

母は16年前の今日、自らの誕生日に儚く散った。
生きていたら今日が80歳の誕生日。
少しの親孝行もできなかったな。
父の誕生日はちゃんと覚えていない。
30の時の子が俺なので、
もう82歳のはず。

今度1001枚目のハガキを書こうと思っている。
30年ぶりに書くそのハガキには、
愛猫モイとウニの消印を押してもらおう。
今のところ決めているのはそれだけ。
来週9月8日と9日は東京都郵政博物館で
モイウニ押印が発行される特別な日。

父もちょうどその頃、
入院することになるだろう。
モイと同じ、悪性リンパ腫と
先日診断されたからだ。
また家族の特別な日々がはじまろうとしている。
治療方針は精密検査の結果次第だが、
R-CHOP療法を実施することになりそうだ。
R(分子標的薬リツキシマブ)以外は
全てモイも投薬したことがある
抗がん剤やステロイド。
あの小さなモイが治療に耐え奇跡的に今
こんなに元気になっているんだから、
親父にもきっとできるはず。
高齢だけどがんばってほしい。
入院してボケないようにね。
環境の変化で認知症になる人も少なくないとか。

これから考えるハガキの文面は
あの頃と同じように稚拙かもしれないけれど、
モイの消印が押されたそのハガキを
枕元に置いてみて。
きっと、おまじないになるよ。

2018年9月1日 近藤研二

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追記:

Twitterでもつぶやけるほどの少ない文字数の葉書に9月9日の消印を押してもらい投函した。

今日9月26日現在、父はまだ入院していない。これまでの経緯を簡単に。5月に喉に違和感を覚え、食欲がなくなり激ヤセしたことで、近医から大学病院を紹介された。血液検査や喉のシコリの状態からすぐにリンパ腫が疑われたようだが、大きい病院ゆえか、なかなか診察が進まず、何回も通い、喉元から取ったリンパ節では白黒つかず、乳腺のリンパ節を取り2回目の遺伝子検査をした(モイも2回したなあ)。それで、ようやく「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と確定診断が出たのが8月末。その後も、骨髄検査、PET検査、心臓検査、歯の検査、抜歯と続き、抗がん剤治療をする方針になったが、現在ベッドの空き待ちで未だに入院できず、治療が始まっていない。

週単位で進行する高悪性度のがんではなく、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫は中悪性度とされ、それでも月単位で進行すると言われている。既に4ヶ月、大丈夫なのだろうか?
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7月に帰郷し通院に付き添った際の写真。後ろ姿が俺に似てるかも。いや、俺が似たんだろうけど。
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ちょうどこの日、耳鼻咽喉科から乳腺外科に回され脇の下からリンパ節をとり検査することになった。

6月に兄から「親父がリンパ腫からもしれない」と聞いた時、真っ先に送ったのが「純パプラール水」と「AHCC」「D-12」。「純パプラール水」はモイがリンパ腫になってすぐ、インスタのフォロワーの方がDMで教えてくれたもの。結局モイは一度も試していないけれど、自分が口内炎が出来た時にこの小さなバイアル状の小瓶に入った6mlの液体を飲んだら翌日には痛みがひいた。
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親父には6月中に5瓶入った箱を3箱送り飲んでもらった。そしたら喉にできていたシコリがなくなったそうで、がんかどうかもまだはっきり診断されていない段階だったが先生が不思議がったそうだ。その後もなかなか診察が進まないのでもう3箱送った。AHCCは90粒入ったソフトカプセルの瓶を2瓶これまでに飲んだようだ。
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(通販サイトのスクショで失礼します)

詳しいことは聞いてないけれど、直近の血液検査の結果がかなり良かったらしく「最初の結果はなんだったんだろう」と先生がまた首を傾げているそうだ。最近送ってきた親父の写真は7月にこの目で見た時よりも太っていた。何が功を奏しているのかは分からないけれど、「純パプラール水」「AHCC」、どちらも元はと言えばモイの病気があって知ったサプリメント。こうやってモイの病気で得た知恵が少しでも役立つ日が来てよかった。
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82歳の父には抗がん剤治療はかなり大変だと思う。病院側で減量投与などの策も考えられるとは思うけれど、今後もサプリが治療の後押しをしてくれることを期待したい。

などと書いていたら、ちょうど実家から連絡があり、10月2日に入院が決まったそうだ。その頃また帰ろう。
 

一昨日インスタグラムで毎日の投薬が大変だと書いた。励ましのコメントの中に「薬の準備中に猫が隠れてしまわないように先に抱っこして片手で準備します」というようなコメントも。モイの投薬にもそれが可能か薬の準備風景をビデオに収めてみた。うん、とてもじゃないけど難しそう。10倍速で1分ってことは、準備だけで10分もかかってる。


  1. テーブルを消毒
  2. 薬セットもろもろをテーブルに準備
  3. 皮下輸液するリンゲル液パックをレンジで人肌に温め、口を消毒
  4. 整腸剤ビオイムバスター1Tを磨り潰す
  5. サプリメント(カバノアナタケ茶1.5ml、AHCC1ml 、センダンα0.7ml)とともに混ぜ2.5mlシリンジに吸う
  6. 2日に1回の丸山ワクチン日はバイアル(この日はB)を消毒し1mlシリンジに吸う
  7. 60mlシリンジに丸山ワクチンを移した後、18G針を挿しリンゲル液を吸う
  8. 今は毎日120mlの皮下輸液をしているのでもう1本60mlシリンジにリンゲル液を吸う
  9. 最初に打つ方のシリンジに翼状針を挿す
  10. 消化管運動機能改善剤プロナミドと胃薬ファモチジンを小皿に出しておく
  11. アルコール綿、ティッシュを用意して準備完了
  12. 輸液はダイニングテーブルの上で行っているのでテーブルも綺麗に消毒して、これらのセットを移動

お薬タイムを察知し籠城するモイ

機会があれば「いざ投薬篇」もアップしたいと思います。

輸液と投薬は今はふたりがかりでやっている(先代マルオは大人しくしてくれたので妻ひとりでも可能だった)。実は明日から3泊の出張。モイの闘病が始まって4月に1泊して以来、2度目の留守。妻とモイだけでこれらの行程、とくに輸液は難しそうだ。その分、積極的に水を飲んでくれたらいいのだけれど。サプリだけでも飲んでくれたらいいな。

3泊のあいだ、何事もなく、モイが健やかに過ごせますように。 

3月にはじめたモイの免疫細胞療法も7回目になったので、これまでの経緯を表にしてみました。

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免疫細胞療法と言ってもいろんな種類があるようで、モイが行っているのは「活性化リンパ球(CAT)療法」というタイプ。T細胞を増殖させるので、T細胞型リンパ腫の動物には適応できない(以前も書きましたが、モイは2回目の生検でB細胞型と判明しました)。

J-ARM日本獣医再生医療学会に詳細な解説があります。

J-ARMのサイト内にあった、リンパ球ががん細胞をやっつけている動画を紹介しておきます。


この映像だけみるととても頼もしいですが、塊になった大きながん細胞を叩くことは難しいと書かれています。とくに、がん細胞を狙いうちする特異型に対し、モイが行っているCAT療法は非特異型なので、あまり多くは期待できないのかなあ。

実際に7回やってみて目に見えて効果があったかと問われると「はい」とは即答しがたく、副作用もほとんどないと言われているけれど、戻して2日くらいは通院疲れもあってかちょっとだけダルそうにしていることが多い。モイの場合は病院で暴れるので採血の時に鎮静剤を併用し、点滴で戻す際もカテーテルの抜き差しだけで一苦労みたいでストレスも相当だろうから、そういう点でのリスクはかなり高い。費用もそれなりにかかるので費用対効果という点では首をかしげたくなる。ただ丸山ワクチンやサプリも含め、今行っているものの何が効いているかは本当に分からない。やらなかったらもっと悪化していたかもとも考えられるわけで…。だからこそ丁寧に毎日観察して詳細な記録をとり、ちょっとした変化を見逃さないようにしたい。その中から何が必要か精査して今後のことを考えていきたいと思います。


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