moi moi moi !!

愛猫モイ(mix 2015.4.8~ ♂去勢済)が消化器型リンパ腫と診断されたのは2017年が始まったばかりの冬、1歳9ヶ月の時でした。その日から一変したモイとの生活、闘病と友情の日々。

カテゴリ:モイ > 祈り、応援、いただきもの等

5月22日で腎臓の部分寛解から1年になる。腎臓がエコー上で綺麗な状態になってから1年間、これを維持しているモイ。

【部分寛解までの経緯】
昨年の1月、モイのリンパ腫に最初に気づいた時、腸と腎臓に大きな黒い影があった。腸か腎臓、どちらかに原発巣があって転移したと考えられたので、がんの進行状況としてはステージ2だったことになる。「腸から腎臓に転移したものだと思いますが、もし腎臓型のリンパ腫だとしたら、この先、脳に転移する恐れもある」と近医の先生に言われ、とても不安になったのを覚えている。

その後、抗がん剤が効かず、がんが一番大きくなった3月上旬、腎臓の黒い影は一辺2cm~3cm、厚さも1.5cmほどになって、片方の腎臓に2,3個でき、それがつながって大きな塊になり腎臓をほぼ覆うほどだった。腸の黒い影はもっと大きくエコー上の定規が5cmを越えたこともある。

それが3月中旬から復調しだし、約2ヶ月後の5月22日のエコーで腎臓の影は左右とも全く確認できなくなった。これがいわゆる部分寛解。腸の方は、7月末に一旦なくなり、その後すぐ再確認され、つい最近までずっと小さな影が残っていた。

インスタで腎臓の部分寛解を速報した記事(すごくたくさんコメントをいただきました)と、
ちょうど1年前のブログ

【漫画化の続編】
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コンビニコミックス『ねこぱんち』No.141春巻猫号に掲載の「木彫り猫の息吹~はしもとみお彫刻日誌~」で先月号に続き我が家の猫との暮らしを漫画化してもらいました。ウニが我が家に来て、モイがリンパ腫になるまでの激動の1年間が描かれています。もちろん今回も赤裸々な実話。
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「治療しなければ半年…持ってくれるかどうか」
ただこの先生のセリフだけは事実とは少し違います。

ネーム(漫画の下書き状態)の段階では、このコマのセリフは「治療すればよくなります。がんばりましょう。」となっていて、そこには、同じように闘病している猫と飼い主の方にも諦めないでほしいという編集の方の思いもあったようです。

ただ、実際には先生は決して希望的なことは言わず、リンパ腫の種類や予後が書かれた紙資料を僕らに渡し「半年を目標に治療して行きましょう」と言った。最初その意味がよく分からず「半年を目標に治療とは?」と聞き返した。「抗がん剤のプロトコールが半年でワンサイクルなので、先ずはそれをやりきるところまで…」というような説明だったと思うけれど、帰宅して紙資料を読んだりネットで調べると、低分化型のリンパ腫の予後はおおよそ「無治療で2週間から10週間、治療が奏効しても半年から1年」と決して明るくないということが判り、そうか、だから先生も歯切れが悪かったんだなあと思った。悲観も楽観もせずただ現実と向き合う、それが医者だし、がんの闘病とはそういうものなんだなあと覚悟をした。

この漫画上では1コマで簡潔に表現しなくてはいけないので、「一緒にいられる時間が限られるかもしれない」と思ったことだけは折り込んでもらおうと、いろいろ相談した結果、このようなセリフになった。

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元になった妻のインスタ動画はこちら
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この我が家の物語、ありがたいことに来月号にも続き、三部作になっています。我が家の猫との暮らしが漫画で超大作になって、今まで俯瞰してみる余裕のなかった闘病生活にもなんだか一区切りがついたような気分です。是非、コンビニで「ねこぱんち」見つけてみて下さい。Amazonでも扱っているようです。そしていつかコミック本化されるとさらにうれしいなあ。
 

モイとの出会いを回想する季節がやってきた。昨年は闘病でそれどころではなかったけれど、折りに触れモイが保護猫出身であることは触れてきたので、その経緯をご存知の方も多いだろう。

3年前、2015年4月15日に山梨県山梨市の万力公園で課外活動中の中学生が段ボールに入れられ放置されていた3匹の子猫を発見した。生後間もなかったので長時間そこに居たとは考えづらく、その日の早朝か未明に誰かが置き去りにしたのだろう。担任の先生が保護し、翌16日、知り合いのOさん宅で預かってもらうことに。翌日17日にはOさんが早速「里親募集サイト」に3兄弟を掲載。毎日のように里親サイトをチェックしていたうちの妻がほぼリアルタイムにその投稿に気付く。すぐに僕と電話で相談し、里親を申し出た。そして、その翌日18日には山梨のOさん宅に出向いて1匹だけ残っていた子猫を家族として迎え入れることに。まだ目も開いたばかりでOさんの推測から生後10日ほどだろうということで、4月8日生まれということにしたら、なんと先代のマルオと同じ誕生日だった。不安も多かったが当日のうちに車で東京の家に連れて帰った。その子猫に「モイ」と名付けたのは、翌19日、病院へ検診に連れて行った時だ。
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そんなモイとの出会いが、タイムリーなことに3年経った今日、漫画になって発売された。コンビニコミックス『ねこぱんち』No.140 旅猫号に掲載の「木彫り猫の息吹~はしもとみお彫刻日誌~」で我が家のエピソードを取り上げていただいたのだ。漫画化にあたっては編集の長島さんにものすごく丁寧に取材していただいた。物語はノンフィクションそのもの。会話の内容、かぶっている帽子、家の間取りなど、細かいところまで、まるで一緒に生活していたんじゃないかというくらいにリサーチされている。自分の身の周りに起こったことがそのまんま漫画になる、なんだか不思議な体験。是非、コンビニエンスストアの漫画本コーナーで手にとっていただけたらと思います。
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元になったであろう写真

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今日は月曜日ですが、初めて3週間通院なしの最中なので家でのんびり過ごしているモイ。だけど、さっき毛玉を吐いてちょっと疲れちゃったのか今は冷蔵庫の上で寝ている。 この一週間フラジールを朝夜1/2Tずつ飲ませているけど、昨日、今日と便が軟らかくなってきたのがちょっと気になる。

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東京は雪。正午頃から積もりだし大雪警報が出ている。月曜日だけれど通院しない予定にしておいてよかった。先週のエコーで新たに指摘された腸間膜リンパ節の黒い影のことがすごく気になってはいるのだけれど、モイの白血球が戻らないことにはどうしようもないので、ここは一週間ぐっとこらえて通院のストレスを回避してモイの回復を優先すべきと判断していた。

とは言え、先週の前半は元気もなくフードも定まらずウンチは粘膜便。自分も日に日に不安が募ってぐっすり眠れなくなっていたので、こんなことなら月曜日(今日)エコーだけも見てもらって、腫瘍の進行があるのかないのか確認した方がよいのかもしれないと思っていた。

ただ木曜日くらいから「ロイヤルカナン 腎臓サポートスペシャル(ドライ)」をガツガツ食べてくれるようになって、だんだん元気が出てきた。どんなものよりも食いつきが良かったあの「オリジン6フィシュ」を隣に並べていても今はこの低たんぱくで味気ないはずの療養食の方を好んで食べる。猫の嗜好性はほんとよく分からない。

この二日ほどは絶好調で起きている間はウニとずっと追いかけっこをしている。モイが元気で調子が良さそうだと妻とよく冗談でこんなことを言いあう。「あ、たった今、モイ、寛解したんじゃない!?」「そうね、今、なくなったね!」「日曜日の寛解来たー!」「明日のエコーではどうか分からないけど少なくとも今は寛解してるよねえ!」

そう、大事なのはモイに腫瘍があるかないかではなくて、モイが元気で幸せそうに暮らしているかどうかなんだと改めて思う。病気を抱えていたとしても、調子がよくてそのまま不自由なく寿命を全うせたならそれでいいのだ。診断上の病名と生きていて幸せかどうかは無関係。人間でいえば、どれだけ人生を笑って過ごせたか、になるのかな。猫は笑わないし猫にとって何が幸せかなんて人間には分からない。だから無治療で緩和療法でいくのがいいとか、徹底的に病気と闘うべきだとか、答えが簡単に見つかるものではない。

モイの腫瘍はエコー上では半年以上ずっと小さいまま残っているようだけれど、それを完全に消しさり再寛解させるためには今よりもっと積極的な治療が必要なのかもしれない。ただこれまでの抗がん剤の影響で白血球もかなり少なくなり戻りづらくなりつつある。白血球が少ないと免疫力もなくなるし、もしそのことで感染症などになってしまったら本末転倒。繰り返しになるけど、寛解だけが目的ではなくモイが元気に過ごせるかどうかが重要なので、これからの治療はさらにモイの状態を見極め慎重に行わなくてはいけない。

猫は笑わないけれど、モイが元気で楽しく幸せなのかどうかはモイの表情や行動を注意深く観察すれば分かる(分かっているつもりだ)のだから。

東京でしっかり雪が積もるのは自分の知る範囲では1年2ヶ月ぶり。


この映像は 1年2ヶ月前の2016年11月24日(関東の11月の積雪が50年ぶりだった日)の様子。多分、この頃にモイのリンパ腫は発症したと思われる(正確なところはまったく分からない、ひょっとしたらもっと前の夏頃からじわじわだったかもしれないし、2016年の年末か2017年になってから急激にかもしれない)。

そしてこれが今日の映像。比べるとウニはうんと大きくなったけど、モイの体重はほぼ変らず、むしろ少し軽くなり、ヒゲも細く少し減ってしまった。この1年ちょっとの間に起こった事実(病院での診断上で)は、モイの体内で悪性腫瘍が発生し、大きくなり、小さくなり、一時はなくなって、また少し小さいのができて、半年近く拮抗状態、となる。だけど、このふたつの映像だけを見れば、そんなことはどこかへ消えてしまう。雪を見つめるモイの好奇心に満ちた瞳だけはまったく変わっていない。モイはまだ元気に過ごしている。今の自分に見えているものはそれだけなんだ。

年賀状2018
小さな夢がひとつ叶い、おかげさまでモイと一緒に2018年を迎えることができました。
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そして元旦でちょうど生誕1000日目のモイ。うれしいな。「あまり先の大きなことを目標にせず、身近なところを見つめ小さな努力を重ねていく」とは、同じ病気と闘った先輩の言葉です。というわけで、次の目標は闘病一周年、その次は3歳を迎えること、かな。モイ、一緒にがんばろうな。
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年末から続いているモイの過敏症は今日で7日目。観察していると、車やバイクの音がした時に天井をキョロキョロ見上げソワソワしだして寝室へ逃げ込むことがある。最初のきっかけになったコーヒーポットに反射した光を見た時は、多分、車やバイクの音はしていなかったと思うけど(ひょっとしら自分が聞き逃しただけかもしれないが)、その翌日に通りがかった車に反射した光を見てまたびっくりしたからだろうか、モイの中で光と音がリンクしてしまっているようだ。
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うちの前の道路を車やバイクが通るのは1時間に1回くらいだろうか、比較的静かな場所なので、それが逆に災いしていているようで、モイがリビングに出てきてやっと落ち着いてきたかなって時に「ブーン」って音がして、またベッドの下へ隠れる、そんなことをこの三が日は続けている。昨日は初詣でしばらく留守にしたが、見守りカメラにもキョロキョロと天井を見上げる様子が残っていた。
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そんな中、昨夜のモイは絶好調。少し過敏になっているウニがいつものように追いかけっこしてくれないのが物足りない様子で自分からウニを誘うような素振りをしていた。なかなか遊びたいタイミングが合わないねえ。
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最初はモイが怯えるのにつられて一緒にベッドの下に隠れていたウニも少し過敏症が再発しかけたような状態になってしまって、モイは平気なのにウニだけ怯えて天井を見上げたり寝室に隠れる時もたまにある。
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昼間はなるべく薄暗くし、あまり物音を立てないようにして、ストレス緩和のサプリを併用しながらこのまましばらく見守るしかないようだ。時が解決してくれると信じたい。

そして明日は今年最初のモイの通院日。神社に初詣に行った昨日、いつものお寺ではマルチンに手を合わせ、モイTシャツを着て護摩の炎を浴びた。きっとあの炎でモイの腫瘍も焼き切ったはず!

モイ生誕1000日を記念してTシャツ作りました。


このTシャツを着てさらにモイと近藤家を応援してもらえたらとてもうれしいです。よろしくお願いします。













 



年末になると毎年ぎっしりになる領収書を入れる箱が今年は半分もたまっていない。それくらい消費活動をしなかった1年。たまに近所のスーパーに妻と買い出しに行くのが唯一の娯楽だった。酒断ちも継続中。セーブした仕事もあったし、自然と減ってしまった仕事もあるだろう。ジョン・レノンの70年代後期のようなハウスハズバンドぶりと自分なりに解釈。

「猫は経費」と知り合いミュージシャンが言っていたけど、創造の源になっているのは確かで、どれだけ猫に曲を書かせてもらっているだろうとは思う。もしモイの治療費を経費にしていいんだったら今年は赤字申告だよなあ。だけどもそういうわけにもいかないだろうし。ちなみに病院の領収書の束はまだ怖くて足し算できていない。

このブログは7月24日に開設した。それはモイが寛解する一週間前というタイミング。闘病が始まった今年1月からの半年間はインスタで報告していたので、一部加筆修正をしこちらに転載した。寛解した時、インスタではものすごくたくさんのお祝いコメントをいただき、「まだまだ通過点」と分かっていながらも素直に喜んでいた。そして、8月中旬にまさかの再燃兆候。ちょうど情報発信の場を切り替えようとしていた過渡期でもあったし、動揺もあって、当時インスタではそのことをしっかり報告できずじまいになってしまった。それからというもの、モイの病変はほとんど変らず維持しているけど、再寛解することはなく今日に至る。長期戦になり溜め息が出る日がまた増えてきた。

そんな時でも熱心にここにコメントを下さるみなさんにはとても感謝しています。やっぱり自分や家族だけで悩むより、いろんな方の意見を聞くことができるというのはとてつもない財産。モイが今年を完走できそうなのは応援してくれる方々との総力戦だったからだと思う。SNS療法と名付けたいくらい。病を公にすることで迷惑をかけていることもあると思うけど、黙っているより治療への可能性は絶対に広がったと思う。

それにしても今年は本当に思いがけない年になってしまった。今まで知らなかったことを沢山勉強した。モイのリンパ腫だけでなく、ウニが夏には知覚過敏症候群になり、そしてこの年末、モイが同じような状態になっている。光に驚いてからそろそろ3日半が経つが、未だにモイは何かに怯えたままベッドの下に身を潜めている時間が長い。とくに昨日は一日中リビングにほとんど来なかった。幸い今日は少しだけウニと追いかけっこをする姿をみることが出来る。でも、またふいに普段なら気にしていなかったような例えば車の音などを怖がって寝室に隠れる。がんばってきたモイの一年の締めくくりがこれかあ。


ウニは一年間よくモイ兄ちゃんのために尽くしてくれた。マイペースな面やモイを好き過ぎることで、ひとりっ子気質だったモイのストレスになっていることも少なからずあるとは思うけれど、調子が悪くうずくまっているモイにフリースを運んであげる献身さ、ウニが明るくしていることでモイに限らず家族がどれだけ救われたことか。そしてモイが少しでも元気になると、すぐに「遊ぼうよ」とばかりに覆いかぶさってプロレスの技をしかけるウニ。モイが元気な時はそこからケンカに発展したり、追いかけっこになったりする。走ることでがんの進行を抑える可能性があるという記事を最近見つけた。ひょっとしらこれこそがモイが再寛解するための唯一の道だったりして。モイが健康になるためにはウニの存在が重要で、モイが完全にウニを受け入れた時がモイが完治する時というような気がしてならない。

なんだか取り留めのない一年の総括になってしまいましたが、来年も家族全員でがんばりますので、引き続きどうぞお付き合い下さい。一年間ありがとうございました。

モイと年を越せることへ感謝を。明日、元旦はモイが生まれて1000日目。


 

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ライブの時によくプレゼントでいただくモイウニの可愛い切り絵メッセージ。今回は日めくりカレンダーになっていて、モイが生まれて何日目かが書いてあった。それによると今日が979日目。979分の55日、リンパ腫で通院していることになる。
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並木道はこの一週間でかなり落葉していた。

【体重】5.74kg(40g増)今週はけっこう食べたからな。
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【超音波検査】
今日もモニターに映るエコー画像にほとんど変化はなし。毎週同じ画像を見ているんじゃないかというほどに、腸の一部が少し黒く厚くなっている。5月下旬からもう7ヶ月近く似たような状況だ。低分化型のリンパ腫は本来進行が速いとされているけれど、これだけ拮抗した状態が長期間続くことがなんだか不思議だし、あとちょっとの腫瘍がなかなか消えてくれないことも不思議。2~3mmの一進一退。

【血液検査】
  • BUN(尿素窒素)  34.7(前回 30.8)
  • CRE(クレアチニン)  1.9(前回   2.1)
先週また少し腎臓の値が改善していたのは、ひょっとしたら半日絶食後の血液検査だったからかもと思い、今日もしばし絶食してもらって通院しようと思っていたのだけれど、夜中に自分が起きれなくて餌をさげることが出来ず、結局朝の6時まではちょこちょこ食べていた。そこから約4時間半後の血液検査。それでも先週よりCREはさらに改善!もし夜中から絶食していたらBUNももうちょっとよかったかもしれない。波があるけど腎臓がどんどん悪化しているって感じでもないのが救い。腎臓は治らないとされているので、せめてこの状態をキープしてほしい。
  • WBC(白血球総数)5500(前回 3400)
  • 分葉好中球     2970(前回 1870)
  • リンパ球      2090(前回 1122)
抗がん剤から2週間経ったので先週よりはだいぶ白血球も増えた。でもどの値も基準値の最低ラインってところ。今日はまた夕方から自宅でクロラムブシルを飲んでもらう予定だけど、分葉好中球が2千台で飲ませるのは初めてなので、この後が少し心配。毎週の通院での疲れも溜まってきて白血球が少しずつ戻りきらなくなっているのかもしれない。この傾向がもし今後も続くようだったら、今の4週サイクルのプロトコールも見直さなくてはいけなくなるかも。
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今日は預ける時間もなかったので午前中に帰宅できた。モイもご機嫌に車窓を楽しんでいる。
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こちらも昨夜のライブ会場でいただいた米沢相良人形。箱には「鯛乗猫に蛸」と書いてある。「めでたい」「多幸」ということみたい。オッドアイだし、縁起がいいね。モイへの祈りが届きますように。




板橋区立教育科学館にあるプラネタリウムで「同じ星を見ている 近藤研二 ギターとうたの調べ」と題したコンサート。200席ほどのチケットは3ヶ月前の発売時に1週間ほどで売り切れてしまったようでありがたいかぎり。
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今日モイが元気でいてくれること、それを当面の目標にしてきた。プログラムは事前に館に伝えておく必要があったが、一週間前、締切ぎりぎりまで待ってもらって決めた。モイがここに居るのと居ないのとでは、演奏したい曲も変わってくるし、同じ曲をやるにしてもまったく違った響きになるだろうと思ったからだ。まあ、それくらい、明日の保証はないつもりでいつも過ごしている。

今年はほとんどの時間をモイに費やしてきた。今日のコンサートもモイへの祈り。自分にとっての音楽は愛する人への祈りそのもの。新曲も何曲か演奏した。




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スタッフの皆さんと。

オーロラを投影してもらったり、流れ星を出してもらったりした。終演後のアンケートに「流れ星にモイちゃんの健康をお願いしました」という声がたくさんあってとてもうれしかった。 


12星座をあしらったモイバッジ


猫じゃらしがデザインされたポスター

多くの方々から気にかけてもらえるモイは本当に幸せ者だ。たくさんのパワーを受けてどうかこの長いトンネルを抜けて健康になってほしい。


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モイとウニに千羽鶴をいただきました。びっくりしたー。目にしたのも、いただいたのも初めての千羽鶴。この一羽一羽に願いが込められていてとってもずっしりと重たい。カラフルでモイもウニもうれしそうです。うれしすぎて猫パンチが出そうなので飾る場所をしっかり考えたいと思います。「モイちゃんウニちゃん応援団」としてお三方のファーストネームが記された手紙が添えられていました。どうもありがとうございます。

届けてくれたのはミケネコ宅急便 ことミュージシャン山田稔明さんです。精力的にライブ活動をする彼が行く先々で俺がご近所と知っているファンの方などから贈り物を預かってきてくれるという集荷システムになっております。もちろんミケネコさんもタダでは集荷しませんので、マタタビの枝一本でも持たせてあげて下さいね。

以下は先週、先々週、関西や中部地方で集荷してきてくれた贈り物。
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あと、これは高校の同級生がワークショップで作ったらしいノート。フォントが可愛い。
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それと同じくご近所のアーティスト木原庸佐さんが毎年作っているサマソニTシャツ。今年のはモイの闘病にも御利益がありそうってことでわざわざ届けてくれました。
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 みなさんいつもありがとうございます。


 

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モイ、2週間ぶりの通院。

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前回のエコーで病巣と思われる黒い影は全て見えなくなって、先生からやっとの思いで「寛解」の言葉をいただいていたが、今日のエコーで原発巣があったと思われる回腸がカーブした辺りに3~4mmほどの厚みのある黒い影がまた確認されてしまった。あああああ…





「これっていわゆる再燃というやつですか?」と恐る恐る聞くと、「うーん、この影が前回確実になかったのか、たまたま腸の動きの状態で確認できなかっただけなのか、はっきりとした事は言えませんが、前回あれだけ丁寧に探しても見つからなかったものが、今日はスッと見えているということは、そうですねえ…、再燃兆候にあるとは言えますね。」と先生。

先生はいつだってはっきりと「寛解しました」「再燃しました」と断言するような診断はしない。でもその説明はいつもとても理路整然としていて分かりやすく、 納得せざるを得ない。

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リンパ腫の再燃(再発)についてネットで情報を集めるとネガティブなものが目につく。
  • リンパ腫はほぼ再燃する
  • 再燃までの期間は、すぐの場合もあれば、数年後のこともある
  • 完全寛解期間 4~8.2ヶ月
  • 稀に再燃せず2年以上長期寛解し「完治」するケースもある
  • 猫の場合、再燃すると再び寛解に持ち込むことは難しい
  • 低分化型リンパ腫の予後は化学療法が奏効して半年から1年
自分なりにまとめるとこんな感じ。最後の「奏効して」というのは「部分寛解以上の効果があって」という意味で、つまり、臨床データとしては、完全寛解したとしても長くて余命1年というのが現実のようなのだ。

このことは闘病をはじめた半年前から知っていたし覚悟はしていた。 だから「寛解」が決して手放しで喜べるものではないことも当然分かっていた。

モイが8月3日の俺の誕生日に一応の寛解状態でいてくれたことは、「パパ今日は楽しい1日を!」というモイからの誕生日プレゼントだったのかもしれない。

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便利帳サイトでモイの記念日を調べてみたら今日で生まれて860日。
そして1000日目はなんと来年の元旦だそう!
その頃がちょうど闘病をはじめて1年ということになる。
少なくとも1000日はモイを生かしたい。
いや、絶対それ以上、生きよう!
モイ、完治して10000日だって生きよう!

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今日は鎮静化で7回目になるリンパ球の採血をしました。さきほど先生から電話があり「今日のリンパ球もたくさん採れた印象です!」とのこと。



 

昨日8月9日は先代猫マルオの命日。午前中にお墓参りへ。あれから3年が経った。マルチンに手を合わせに行ったのは、モイが抗がん剤治療を始めてすぐ「当病平癒」のご祈祷をかねてお参りして以来だったので7ヶ月ぶり。なのに不思議なことにお墓の小さな水入れにはまだ少しだけ水が残っていた。7ヶ月間も枯れずに残っていたのは、マルオもモイの闘病を応援していてくれたのかもしれない。そんなマルオにこれまでのことを感謝し、今、同じような病と闘っている多くの命のために祈りを捧げた。


マルオについては別のブログにいくつかの過去ログがありますす。→ココ

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さて、モイですが、

「寛解」と言われた日にリンパ球を戻して以来まだ病院へは行っておらず、来週月曜日に2週間ぶりに通院する予定。ここのところ週一の通院が続いていたので、一週間空くだけでも随分穏やかな日常が戻った気がして、モイも警戒心が徐々にとけてリラックスしてきたように見える。その分、また月曜日が来ることへの不安もじわじわと募ってきている。このまま通院しなくてよければどんなに楽なことか。

寛解状態にあるとはいえ、モイが絶好調かというと残念ながらそういうわけでもなく、ずっと嘔吐と下痢が続いていた。嘔吐はようやく今週になり少し落ち着いたけれど、下痢はもう1ヶ月近く続いている。完全に下痢というわけではなく、ウンチの出始めはまあまあ形があるのだけど、最後の方がいつも緩い。しかも若干血が混じっているようで赤黒くツンとした臭いの便がずっと続いていた。ここ数回ようやく血は混じってなさそうな気配。

闘病の疲れ、抗がん剤の蓄積、前回の抗がん剤の副作用などいろいろ考えられるが、腎臓の障害と同様に内蔵が全般的に弱っているのかもしれない。

家で毎日続けていることの中で見直してみるべきことはないか考えた。

主な毎日続けていること
  • 【食事】今のメインドライフードは「オリジン6フィッシュ」。他におやつで「焼きささみ」「焼きかつお」「無一物鶏むね肉」「無一物かつお」「フリーズドライささみ」「ラムラング」「シーバ」などを日替わりで。(全体で最低200kcal食べてくれたら体重キープできそう。)
  • 【皮下輸液】リンゲル液120ml
  • 【丸山ワクチン】A剤、B剤を1日置きに皮下輸液に混ぜ
  • 【サプリ】AHCC約1ml、センダンα約0.7ml、カバノアナタケ茶約2mlをミックスしシリンジで
  • 【投薬】ビオイムバスター1錠(砕いてサプリと一緒にシリンジで)、プロナミド0.5錠経口投与
  • 【強制給餌】退院サポート、エナジー500、オメガ3オイルをブレンドし60kcal前後を数回に分けシリンジで

このうち、プロナミド(消化管機能改善剤)と強制給餌をこの一週間弱やめてみている。プロナミドは腸が動いていないというわけではなさそうなので。強制給餌はひょっとしたらオメガ3オイルが下痢の原因になっているかもしれないという点と、自主的に食べてくれる分だけでぎりぎり体重キープができそうなので。それから7月31日から4日間だけ飲んだファモチジン1/4錠(胃薬)も嘔吐が落ち着いてきたのでやめた。本当はメインのドライを腎臓への負荷を考えて低たんぱくのものに替えていきたいところだけど、「腎臓サポート」を食べだしてから下痢がはじまったし、今は摂取カロリーも大事なので嗜好性のいいオリジンで様子を見ている。オリジンで下痢をしている可能性も否めず難しいところなのだけど。

細かい心配はつきないが、昨日からモイはとても元気でウニとよく追いかけっこをしているし、来客時も余裕の表情を見せている。元気度としてはBくらいある。あとは下痢さえ治ってくれたらなあ。



8月6日ウニが我が家に来て1年が経ちました。

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